時刻が深夜を過ぎようとしていた頃、不意に雲雀の部屋の戸が、来訪者を招き入れた。
「不法侵入は犯罪だよ」
骸、と雲雀は戸の方を見向きもせず、手元の本に目を向けたまま言った。
「まぁ、犯罪者に言っても仕方ないか」
「クフフ、つれないですね、雲雀恭弥」
久しぶりに恋人に会ったというのに。
骸は室内に足を踏み入れた。左手に何かを携えて。
が、
「!」
小さな、微かな風を切る音を骸の耳は拾い、それに従って頭を左へ少しずらした。直後、耳の横に何かが軽く当たった音がした。見れば、刃渡り15センチメートル程の小型のナイフが壁に突き立っていた。
「随分な出迎えですね」
「歓迎しない客だからね」
雲雀の言葉に、骸は軽く息をついた。悲しんで、よりは楽しんでに近い音。
『全く、これだから飽きない』
そしてまた、足を進めた。
無関心のようで、時折、関心を向けてくる。鋭利強靭な刃物かと思えば、容易く折れそうな花の様で。
その性質に、骸は興味が引かれてやまない。
「・・・・・・」
擬態語をつけるならば、“ひらり、ひらり”。幾重にも仕掛けられた罠を、無駄の一切が無い動きで軽やかにかわして行く骸に、雲雀は初めて視線を合わせた。耳に入るのは骸の足音と、空振りした小刀が壁に刺さった音のみ。
『仕掛けるか・・・』
雲雀は右手に、トンファーを握った。
それに、骸は気付いた。
『仕掛けてきますか』
こんな事をしに来たつもりはないのですが、
骸はコートの内側に手を入れ、三叉槍の先を握った。
・・・仕方ありません。
骸の足が最後の縁を越えたと同時に、二人は動いた。
ガキイィ・・・ン
硬い金属のぶつかり合う音が響いた。
「・・・」
「・・・」
両者の間で、トンファーと三叉槍が競る。そこに優劣は無く、互角。
「殺りに来たのなら、大歓迎だよ」
「まさか。そうだったらこんな堂々と入ってきたりはしませんよ」
その言葉に、雲雀は片眉を上げて、骸を見た。
「やっと目が合いましたね」
そう言うと、骸は三叉槍に掛けている力を抜き、下ろした。
「?」
腕にかかる力が無くなり、雲雀もトンファーを下ろした。
「僕が今日来たのは」
骸はコートの内に三叉槍を仕舞い、左手に携えていたものを机の上に置いた。
「これです」
置かれたのは一本のワインボトル。雲雀はそれを手に取り、ラベルの年号を見た。
「・・・何、これ」
灯りは僅かしかなく見辛かったが、今から約25年前の、結構年季が入っていた。
「一緒に飲みませんか?」
そしてまた、何処からとも無く、手品のようにワイングラス2つとコルク抜きをを骸は両手に出した。
「いらない」
「まぁ、そう言わずに」
雲雀の断りを無視して、骸はグラスを机に立たせた。そして右にコルク抜き左にワインボトルを持ち、慣れた手つきで開栓した。コルク抜きを机に置き、グラスの3分の1ほどまで赤い液体をそれぞれに注いだ。
「どうぞ」
「・・・・・・」
目の前に差し出されたグラスに、雲雀は眉を顰めたが、受け取った。
骸はグラスを小さく回し、ワインの香りを楽しみ、一口飲んだ。
「やはり、ロマネ・コンティを探した甲斐がありましたね」
雲雀も同じようにグラスを回し、香りを見た。が、口はつけなかった。
「別に変なものなんて入っていませんよ」
現に先に飲んで見せたでしょう。
そう骸に、雲雀は渋々口をつけた。
『何で僕が』
彼と杯を交わさねばならないのか。
雲雀に心当たりは一切無かった。
『・・・まあまあだね』
橙色の灯りだけが頼りの薄暗い部屋の中、深紅の赤ワインは静かに揺らめいていた。
視線だけを上に上げれば、骸が口元に笑みを浮かべて、ワインを見ている様子が見えた。
「・・・何があったの?」
「いいえ、別に。少しばかり驚いているだけです」
骸はグラスを机に置き、再びワインを注いだ。
「要りますか?」
「一応、もらっておくよ」
雲雀は残りを一気に飲み干し、机にグラスを並べた。
「まさか君と、杯を交わす日が来るなんてね」
「僕もですよ」
頬杖をついた雲雀は、骸が再びワインを注ぐのをじっと見た。
そして、1つ些細な疑問が浮かんだ。
「何ですか?」
骸はグラスを手渡しながら尋ねた。
「君、どうやって此処に来たの?」
自分のアジトに隙は無いはず、なのに何故、どうやって。
「まあ、少々」
そう骸は曖昧に答えると、グラスに口をつけた。
「・・・・・・」
明日の朝、どこか壊れていたらボンゴレ側に修理させよう。
雲雀は思った。
__________
「まさか、全部飲みきるなんて」
骸は空になったワインボトルと、机に伏している雲雀を交互に見た。
後半、酔いの回った雲雀が次々に飲んでいくのを、骸は軽く呆然とした気持ちで見ていた。
『そんなに日頃、ストレスが溜まっているんでしょうか?』
雲雀の髪に指を通して、骸はその感触を愉しんだ。
「全く、寝ていれば可愛いんですがね」
「ん・・・く、ろ・・・」
その刺激に、雲雀はうっすらと目を開けた。酔いで目は据わり、少しばかり潤み、普段とは違う危険な色香があった。
「何ですか?」
骸はぐっと揺らいだ感情を抑え、尋ねた。
その骸の耳元に、雲雀は顔を近づけて囁いた。
「・・・Buon compleanno」
「!・・・知っていたのですか?」
骸は舌足らずの母国語を聞き取り、驚いた。
「・・・・・・」
が、返事は無かった。
「・・・おやおや」
今度は完全に寝てしまったようで、骸の肩に頭を置いたまま、雲雀は動かない。
『据え膳を食わされましたね』
骸は溜息をついた。
「仕方ありません」
これで、今日は我慢しておきましょう。
そういうと、寝ている雲雀の顔を両手で包むようにもつと、唇を重ねた。
「ご馳走様です」
そう言って、骸は雲雀を抱き上げると、布団の方に運んだ。そして布団を被せた。
そこで、違和感に気付いた。
「限界、ですか」
見れば、手は男性のような硬さは無くむしろ、華奢な女性の手に変わっていた。
「・・・嬉しかったですよ、恭弥」
発した声も、自分の物では無い。絶対出ることの無い高い女声だった。
骸は静かに襖を閉めて、立ち去った。
骸さん、誕生日おめでとうございます。
やっぱり、リボーンにはイタリア語入れたいですね・・・。
今回は初の、骸雲でした。
2008/06/09(Mon.)
2010/6/13 加筆修正