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どうしてこんなことになったのか。雲雀は自宅の居間で、意識はそのままに身体だけ急に成長してしまった自分について考えた。
幸いにも親類は皆不在で、この姿を晒すことはなかった。父の和服を勝手に拝借してみると、袖の長さも肩幅でも丁度良かった一方、裾の余りが気になった。
しかし最初に着ていたスーツを身に纏う気にはなれなかった。一目では分からないが、転々と染めている赤黒い他人のそれがどうしても落ち着かない。
この時代のものでないことが、尚更。
そして今日は月曜日。社員は会社へ学生は学校へ行かなくてはならない。
(どうしたものか)
この身体では学校に直接行く訳には行かない。行ったところで、門前払いされるに決まっている。
今他人の目に映る自分は“大人”なのだ。“風紀委員長”の雲雀恭弥ではない。昨日の山本の反応でそれは証明された。
いつものような人懐っこさはなく、どこかよそよそしい態度は居心地が少し悪かった。
不意にベランダの窓が小さく音を立てた。正確には、何か硬いもので叩かれたような音。
見れば、ヒバードが待っていた。「ヒバリ、ヒバリ」と鳴いている。
それを見て、雲雀は思いついた。踵を返して電話の横においてあったメモを手に取り、走り書きをして破り取った。
そしてそれを四つ折りにして、ベランダの窓を少し開けた。
「草壁によろしく」
そう言うと、ヒバードは特に返事もすることなく、差し出された紙を小さなくちばしにくわえて飛び立っていった。
雲雀はその後姿を見送ると、ふと視線が時計へと移った。九時二十七分。きっと草壁たちは大丈夫だろう、そう思った。
同時刻、並盛中学校。
「いーいーんーちょーッ!」
草壁はらしくなく、廊下を突風顔負けで駆け抜けていく。
「副委員長ッ!落ち着いてください!」
その後方を、他の風紀委員長が追いかけていた。しかしその速さは歴然としていた。
差は10メートル以上も開いていて、とても追いつけそうにない。
「ど、どうしたんだろう、草壁さん」
2−Aの教室から、沢田は恐る恐る廊下を除いた。その上に獄寺、山本の順で。
実はこの副委員長ご乱心の一件で一時間目の授業は、教師が着たかと思えば黒板に荒々しく「自習」と殴り書いて去っていったことで終わった。
このクラスからも他のクラスからも、不安と歓喜の声が飛び交っている。授業中という感覚はもはや皆無だった。
「完ッ全に、自分見失ってんな・・・」
「大変そうだなー」
冷や汗をかく獄寺と山本。
「まぁ、今日ヒバリのやつが休みらしーしな」
唐突に嫌な声がして、沢田は顔を引っ込めて教室内を振り返った。
すると、ヒバリのコスプレをしたリボーンがトンファーに変化したレオンを携えていた。
しかしその姿を見たのは一瞬で、次に瞬きしたときにはサイズにしてはあまりに重すぎる一撃を額に受け、沢田は廊下へと吹っ飛んだ。
慌てて獄寺がそれに駆け寄り、身体を起こしてやる。赤くはれ上がった額は痛々しいと言うより、間が抜けているようであった。
「ひ、ヒバリさんが休みって・・・」
「あぁ、学校に来てないらしーぞ」
そういっていつの間にかノーマルスタイルに戻ったリボーンが手に持っていたのは四つ折りにされたメモ用紙。
それを受け取って中を見てみると、ボールペンにしてはなかなか達筆な行書体でで「体調不良」と短く書いてあった。
「こいつが持ってきたんだぞ」
そういうと、リボーンの頭の上にレオンともう一匹、ヒバードが止まっていた。
「ヒバリさんの鳥!」
「じゃあ、このメモは間違いないってことですよね・・・」
明日は天変地異が・・・などと不穏なことを獄寺は呟く。
いや結構ヒバリさん体調崩すよ風邪で病院に入院するくらいだしと沢田は心中で突っ込んだ。
「でも、何でこのメモがあるのに荒れてんだ?」
山本はリボーンに言った。
「あぁ、アイツに届く前にオレが回収したからだ」
とても誇らしげにリボーンは言った。
「お前なーッ!!」
沢田は力いっぱい叫ぶと、そのメモを握り締めて走り出した。
「十代目!」
「ツナッ!」
その後を、獄寺と山本は追った。
場所は変わって屋上。そこに草壁と風紀委員たちはいた。
「ふ、副委員長、委員長は今日は休みなのでは・・・」
「そんなはずは無い」
草壁はひとしきり叫んで、少し落ち着きを取り戻したのか、静かに言った。
「委員長は、休むときは必ず八時半までには連絡をするのだ」
草壁はポケットから取り出した携帯を見て、時間を確認する。九時三十五分。開けてみても、メールはおろか、着信ひとつ無い。
そこに、扉の開く音がした。
「誰だ」
「あ、あのっ・・・二年の、沢田、です」
「はぁ、はぁ・・・」
「ちわっす」
息を切らした沢田、獄寺と息を全く切らしていない山本が出てきた。
「沢田か」
風紀委員はばっと二列に裂け、草壁はその間を歩いて沢田の前へと出た。
「何用だ?」
「はい、あの・・・」
沢田は上がった息を治めるため、二、三度深呼吸をした。
「あの、これを」
差し出されたメモを、草壁は黙って受け取った。開いてみれば分かった。
「・・・沢田綱吉、これを何処で」
「あ、あの・・・リボーンがヒバードから奪って・・・」
沢田は大雑把にこれまでのことを草壁に言葉足らずだが説明した。
「あの鳥か」
「本当は草壁さん宛だったのに、すみません!」
沢田は頭を勢いよく下げた。しかしすぐさま獄寺がそれを上げさせる。
「十代目、こんな奴に頭を下げる必要なんてありません」
「でも、あいつのせいで草壁さんが」
「委員長は今日、休みなのだな」
「はい、恐らくは・・・」
「そうか」
そう言うと、草壁は長い学ランの裾を翻して後ろを向き、委員たちに向かった。
「全員、取り乱してすまなかった。委員長は不在だが、今日は我々で全力をもって、並盛の風紀を守るぞ!」
いつもの草壁に戻り、委員たちの表情も一瞬の内に締まった。
「「「はっ!」」」
短く返事をそろえ、風紀委員たちは校舎内へと戻っていった。
「っくし・・・」
商店街へと足を伸ばしていた雲雀は小さくくしゃみをした。
この視線で見る商店街は少しだけ違って見えた。殆ど視線の高さによるものだったが、やけに行き交う町民たちがこちらを見るのが不快でならなかった。
(・・・来なきゃよかったな)
しかし見た目二十代の容姿のいい男がこの時代珍しく和服を着て町を歩いていれば、嫌でも視線はいかざるを得ないものだろう。
時は過ぎて昼。二時間目以降は通常通りの授業が続いた。
「あ、」
二個目のパンを開けたときに、山本は思い出したように声を発した。
「どうしたの?山本」
沢田はパンにかぶりつこうとしたのを止めて尋ねた。
「昨日さ、公園でヒバリの親戚見たぜ」
ディーノさんみたいに二枚目でさ、カッコよかったぜ。ヒバリにもそっくりでさ。
山本は昨日あったことを話した。
「・・・えぇ?!」
「マジか?」
「うん、でもヒバリには嫌われてるって」
「へ、へー・・・」
一体、どんな人なんだろう。
閑静な住宅街の一角。そこにある公園に、雲雀はまた来ていた。特に意味も無くブランコに腰を掛けていた。
そこに、リボーンがやってきた。
(あれは・・・)
大の大人が、しかも和服を着てブランコに座っているのは、若干の時代の錯誤を感じさせた。筆と色紙があればきっと俳句を書いているだろう。
(赤ん坊か)
雲雀は特に見やることも無くそのまま別の方を見た。きっと、気付かないだろう。
しかし、そうならなかった。
「お前、ヒバリだな」
リボーンはブランコの柵にひょいと飛び乗ると、絶妙なバランスで立ち、ヒバリに向いた。
「・・・お見通しって訳?」
「昨日、アホ牛の十年バズーカが照準ずらして誤発してな」
その弾が見つからねーと思ったんだ。
ああそう、その流れ弾を食らったわけだね。雲雀は小さく溜息をついた。
「しかし妙だな」
「何で」
「お前、中身そのままだろ」
普通は中身も入れ替わるんだぞ。
「・・・・え」
雲雀は再度、リボーンに問い直した。
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