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土曜日の午後、雲雀恭弥は並盛町の見回りをしていた。公園、商店街、住宅街から路地裏まで、余す所なく念入りに巡回した。道中、肩が少し当たっただけで大げさな文句を言ってくる連中に出くわし、軽く注意を、もといトンファーをこめかみに見舞ってやった。
また公園のゴミ拾いをしている老夫婦を一瞥し、一緒に回っていた風紀委員たちに向けて解散と一言発した。まもなく、黒い集団は散り、雲雀は一人、公園のベンチに座った。老夫婦は事に見切りをつけたのか、手に持っていた袋の口を束ね、ゆっくりとした足運びで公園を出ていった。普段なら児童も数人いるような時間帯だったが、公園には雲雀一人だけが残っているようだった。
ふと上を向くと、ヒバードが飛んできていた。雲雀は軽く手を伸ばし、指にそれを留まらせた。しかしヒバードはすぐに離れ、頭上に再び羽を休めた。どこかで読んだ鳥の習性が頭をよぎるが、これは例外だろうということで、目を閉じた。風も強くなく、気温もそれなりにあり、雲雀は危うく眠りそうになった。
しかしそれは回避された。
「何、どうしたの」
頭に小さな痛みが走った。恐らく足を立てたのだろう、雲雀は思った。しかし返事は無く、そのままヒバードはまた飛び去ってしまった。
「・・・・・・」
一体何なんだ。痛痒い頭頂に手を当て、雲雀はそれを見送った。
頭への攻撃は、それだけでは済まなかった。
「ッ?!」
頭上に弾が落ちてくるなんて誰が思おうか。木の葉が落ちる音云々の雲雀だが、これは甘んじて受けるしかなかった。意識が奪われるその瞬間、視界は白い煙に覆われ、身体が浮き上がる感覚に酔いかけた。
その数分後、山本武がバッドを片手に公園へと着た。午前の練習は終わったが、バッドの素振りがやり足りなく、広い場所を求めて、ここにたどり着いた。
「人、少ねーのな」
これならバッドが、周りを気にせず存分に触れると思う反面、少し物寂しさを感じた。
だが、ベンチの上で横になっている人、大きさからして成人男性、が目に入った。
「・・・?」
その人は、手は力なく地面へと垂れ下がり、横になっている。それにしてはあまりに不自然な体勢だった。まるで座っていた人が横に倒れたかのような。
「おいおい」
山本はベンチへと走った。
近づいてみれば、上半身が上下しているのが分かり、呼吸していることが確認できた。とりあえず、山本は男のこの不自然な体勢を回復体位に近い状態にすることにした。しかし男は成人、完全に脱力していたため、動かすのに幾分力を要した。何とか仰向けにしたところで、山本は男の顔を初めて見た。
「ぅわ・・・」
男の顔は綺麗に整っていた。中性的にも見えるが、決して女に見えない、かといって厳つくも無い。身に纏っている黒い細身のスーツが示すように、スタイルも良く、俳優にでも着いていそうな男だった。しかしどこか見覚えがあった。前髪がもう少し長いと、その人物に似ていなくもない。しかし明らかに男は年上だ。
不意に、男の瞼が小さく震えた。そして、目を開けた。
「・・・・・・」
呆けているのか、焦点の合わない目で男はしばらく空を見上げた。そして短く溜息をつき、腕を額の上に置いた。
「大丈夫か、アンタ」
山本がそう声をかけてやると、男の顔がそちらに向いた。
「・・・ま、本・・・?!」
男は突然起き上がった。危うく額同士が衝突しかねないタイミングで、山本は顔をそらした。
男は喉を押さえ、手を見て目を見開いた。
(何が、一体何が起こったんだ・・・)
雲雀は今だ衝撃の抜けない頭を働かせ、空を仰いだ。
(そのまま気絶したのだろうか)
なんとも情けない。痛む頭に腕を持っていきながら思った。
一体どのくらいの時間がたったのだろうか。空の色に大きな変化は無いが、どうも身体の居心地が悪かった。
「大丈夫か、アンタ」
不意に声がかけられ、雲雀は横を向いた。すると良く見知った顔がそこにあった。
山本武。そう言おうとしたのだが。
「・・・ま、本・・・?!」
耳が拾った音を聞いて雲雀は咄嗟に口を噤み、勢いよく起き上がった。何なんだ今の声は。風邪でもひいたのか。いつもの自分の声より少し声のトーンが落ちていた。その上、起き上がって見た自分の足は長く、穿いているものも、靴も違っていた。喉に当てた手も一回りは大きく、明らかに知りうる“自分”の大きさではなかった。
山本武が見つけた男は、“十年後の身体”になってしまった、雲雀恭弥であった。
「あの、どうかしたんスか?」
明らかに動揺しているのが見て取れた山本は、恐る恐る雲雀に尋ねた。雲雀は山本の方を見ただけで、返事は返さなかった。
「もしかして喉、痛めてるんですか?」
山本の接してくる態度に、雲雀は違和感を感じざるを得なかった。
(気付いていないのか)
いつものような馴れ馴れしい、とまではいかないが同年代には分け隔てなく話す山本がこのように畏まっているのだから、気付いていないのだろう雲雀は考えた。
ならば普通に話していても問題は無い。
「大丈夫だよ」
が、自分から発せられる声にどうも落ち着けない。山本から視線をそらして、雲雀は言った。
「あ、水とか要りますか」
オレ、持ってきているんですよ。そういって山本は持ってきていた小さ目のエナメルバッグから未開封のペットボトルを出して、それを回した。喉はそこまで渇いてはいなかったが、その好意は素直に受け取り、ペットボトルに口をつけた。
「ところで、ヒバリとは親戚なんですか?」
「え?」
思わぬ質問だった。咄嗟のことに反応できず、雲雀は中途半端に口を離して。躊躇ったが、頷いておく事にした。
すると、山本の顔が明るくなった。
「そっか!だからどっかで見たことがあったのな。アンタ、ヒバリそっくりだし。あ、でもアイツより何か、やさしー感じするのな」
その言葉は突っ込みどころが多い気がしてならなかった。どっかで見たことは同一人物であるから。そっくりなのだってそうだ。違ったら僕は未来で整形でもしたのか。それに、やさしー感じとは何なのか。僕は別に変わっているつもりは無い、などなど思ったことは全て外に出ることは無かった。だが、ひとつだけ、言った。
「・・・雲雀でいいよ」
「え、でもアイツとごっちゃになっちまうし」
「きっと、会うことは無いだろうから」
恭弥には嫌われているしね。そう勝手な理由をつけておいた。自分で自分の名前を出して、嫌われているなんてとんだ笑い話だが、何も気付いていないこの男ならそれだけで納得するだろう。
「そっか・・・」
案の定納得した。仲良くさせようと言う無謀なことも言ってくるのではないかと警戒していた雲雀は、その必要が無くなり、少しほっとした。
「じゃあ、ヒバリ・・・さん」
「さん、ね・・・」
聞きなれない敬称に、雲雀は少し表情を緩めた。
「や、だってアンタ年上だし」
「の割には、敬語滅茶苦茶だね」
「す、・・・すいません」
山本は小さく言った。
「いいよ、気にしなくて」
滅多に見られないだろう山本の一面に、雲雀はこんな表情もするのだな、と思った。
「とりあえず、ありがとう」
意外にもすんなりと、感謝の言葉が出た。
「え・・・は、はい!どういたしまして!」
「じゃあ、僕はこれで」
とりあえず、この変な状態をどうにかしよう。雲雀は公園を去った。
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