続かない山本天使パラレル。
並盛中学校風紀委員長、雲雀恭弥は今日も屋上で空を仰いでいた。雲も群れていない、蒼穹が広がっている。今は授業中のため、学校全体は静けさに満ちていた。
心地良い事、この上ない。
「ふぁ・・・」
あまりの穏やかさに、欠伸が出た。平和ボケするわけではないが、今は誰かを咬み殺そうとも思わなかった。
すると何処からともなく、いつの間にやら懐いていた鳥ことヒバードが、その小さな羽根をはたはたと動かしてやってきた。
「ヒバリ、ヒバリ」
耳の横に着地して、主人の名を呼んだ。
「うるさいよ、君」
雲雀は起き上がり、人差し指でヒバードの頭を押さえた。しかしヒバードは羽を広げて小さな抵抗を見せるだけ。鳴き止もうとはしなかった。
「オチル、オチル」
「・・・は?」
オチル、とは何なんだ。
ヒバードはちゃんとした平面の上に立っている。落ちるには、あと何十回も歩くなり跳ねるなりしなければならない。また雲雀自身が落ちることは、現時点ではまずない。
雲雀は溜息をついた。
「君さ、何を言っているの?」
しかしヒバードは聞いていなかった。
「キタ、キタ」
ヒバードは上を見た。
「きた?」
雲雀も上を見た。
すると、何かが近づいてきていた。
「わー・・・・・・」
微かに、声が聞こえた。
「どいてー・・・」
言葉が聞こえたので、どうやら人間らしい。
「・・・・・・」
人間。
は?
雲雀がおかしいという考えに至ったときには、それは急接近していた。
そして僅かな時間の出来事。雲雀は目を見開いた。
「ッ・・・・・」
目の前が、汚れ一つない純白に覆われた。
「ひ、ヒバリ?!」
また、それとは対照的な黒色も目に入った。それは人の形をしていて、顔は記憶に新しい、山本武。それが逆さでいた。
それはアクロバッティクに身を翻すと雲雀の前に着地した。
「あ、危なかったぜ」
「山本武・・・」
雲雀の呼びかけに、それは反応した。
「あ・・・はは、どもっ」
どうやら本人らしく、さっと片手を肩の高さまで上げ、山本は挨拶を言った。しかし今の山本は、普通ではありえないものを背中に持っていた。
汚れ一つない、純白の一対の鵬翼。しかもお飾りではないらしく、広がっていたはずのそれは折りたたまれた。
「じゃ、オレ教室に戻るんで・・・」
「待って」
そそくさと下へと降りようとする山本の腕を、雲雀は掴んだ。
「それ、な・・・」
指して問おうとしたときには、もうそれはなかった。
「何すか?」
「・・・・・・別に」
さっさと行けば。
雲雀は立ち上がり、背を向けた。
「オレ今急いでるんで、」
また後でな。
笑顔でそう言うと、山本は下へ飛び降り校舎の中へ入っていった。
『また?』
山本が去った後で、雲雀は振り向いた。当然ながら、そこに山本はいない。
肩に掛けてる学ランが、風にあおられた。
ふと、頬に何かくずぐったいものが当たった。
「何?」
肩を見ると、ヒバードが何か白いものをくわえていた。雲雀はそれを手に取った。
「・・・ワォ」
雲雀は口の端を吊り上げた。
それは先程、山本の背中にあった翼と同じ色をした、柔らかな羽根だった。
* * *
その授業が終わった後の休み時間、雲雀は2年A組に出向いた。
すると丁度、山本武といつも一緒にいる二人を見つけた。
「ねぇ」
「え?・・・ヒ、ヒバリさん?!」
「テメェ何しに来やがった」
予期せぬ呼びかけに、沢田綱吉はうろたえ、獄寺隼人は二人の間に立った。
「山本武は?」
雲雀は問いかけた。
「え?」
「は?」
二人は気が抜けた返事をした。なぜ雲雀が、山本の所在を尋ねるのか、と疑問に思った。
「答えてよ」
「・・・野球バカならどっか行っちまったよ」
「山本、さっきの授業中ずっと寝てました、けど」
山本、大丈夫かなぁ。
獄寺は「十代目に心配かけやがって・・・」といらだっていた。
「さっきの授業中、最初からいたの?」
雲雀は更に問いかけた。
「え?いました、けど・・・」
「・・・・・・」
雲雀は自分の手を見た。
『あの時』
確かに、腕を掴んだ。そうでなければ山本は止まることなく下へ降りていたはずだった。だが沢田は、山本は終始教室にいたという。雲雀を前にして嘘を突き通せる者は殆どいない。突き通す前に、雲雀が見抜くからである。
沢田の様子を見る限り、嘘はついていないようだった。これ以上聞いても、意味がない。そう雲雀は判断し、何も言わずに踵を返した。
「・・・何しに来たんスかね、アイツ」
「さ、さぁ・・・?」
すると、次の授業が始まるチャイムが鳴ったので、二人は教室に入った。
そして、先生が入ってくる直前。
「っと、ギリギリセーフ?」
「山本っ」
教室の引き戸をやや乱雑に開けて、山本は教室に入ってきた。
「テメェ何処ほつき歩いてやがった!」
責めてくる獄寺を上手く避けて、山本は席に座った。
「ねぇ、山本」
「ん、何だ?ツナ」
「さっきヒバリさんが探しに来てたんだけど・・・」
「ヒバリが?オレを?」
「何かした?」
「んー」
山本は考えている態度を装った。
「分かんねーけど、後から行ってみっかな」
「うん、そうしなよ」
『でなきゃ後が怖いよ。あの人の場合・・・』
沢田は山本の無事を願った。
『・・・厄介な奴に、バレちまったのなー』
山本は頬杖をついて、行き場の無いもやもやとした気持ちを空界に向けた。
* * *
授業後になっても、雲雀の前に山本は現れなかった。
応接室から見下ろせば、部活が始まる時間なのか、運動場にはたくさんの生徒達が歩いている。その中には、山本の所属する野球部もあった。
だが、山本の姿は見つからなかった。
『・・・・・・』
雲雀は窓際から離れ、質のよい革張りの椅子に座った。
すると、ドアのノック音が耳に入った。
「誰?」
そう問いかけると、
「失礼しまーす」
探していた人物が入ってきた。
「君か」
「ツナがオレの事ヒバリが探してたって言うからさ」
堂々正面突破!みたいな?
そう言うと山本はソファに座った。
雲雀は肩に掛けていた学ランを机の上におき、椅子から離れた。そしてトンファーを取り出して、山本に近づいた。
『ヤバイ?』
山本も何かしらの危機を察知したのか、すぐに立ち上がって出入り口に向かった。が、それは雲雀によって断念された。
「っと」
山本は腰を低めた。刹那、頭上一センチも満たない所をトンファーが走り去った。ヒュオッっと風を切る音が耳に入った。
「ま、待てよ!」
「・・・・・・」
静止は、届かない。山本はひたすら、雲雀の繰り出す攻撃を避け続けた。右に左に、下に。先程の音といい、一撃一撃が軽傷どころの話ではない威力のため、尚更必死になった。
しかしその攻防も、山本のミスで終わることになった。
「ヤベッ」
間違えてソファと、平行に置かれた机の間に逃げてしまった。身動きが取りづらい。その一瞬の隙に、雲雀は踏み切った。
「ッ・・・!」
山本は何とか逃げようと前を向いた。だが横に飛ばされ、目の前にソファが迫っていた。
「うわっ」
山本はそのまま、ソファに顔から突っ込んだ。そして雲雀はその背に乗った。
「ちょ、ヒバリ」
首元をトンファーに押さえられ、山本は首を回せなかった。一方で雲雀は、山本が上に着ているものをたくし上げた。
「わーッ!」
予想外の行動に、山本は驚いて焦った。手で服を下ろそうにも、手が上手く回らなかった。
健康的な色に程よく焼けた背中には、本当に何もなかった。何かしらの痕があると考えていた雲雀は尋ねた。
「君、あれどうしたの?」
「あ、あれ?」
「あの白い物体」
雲雀は敢えて遠まわしに言った。
「え、っと・・・それを話しに来ました?」
山本は何とか顔を横に向き、目だけを雲雀に向けて、いつもの声で言った。
数秒間、二人は沈黙した。
「・・・・・・」
雲雀は黙って山本の上から退いた。そしてトンファーをしまって、向かいのソファに、半ば倒れこむように座った。その後すぐ山本は起き上がり、上げられた衣服を下げて座りなおした。
「・・・・・・」
「ヒ、・・・ヒバリ?」
山本は雲雀の方を見たが、視線が全く合わない、合わせられない。
・・・雲雀が、避けているから。
「話すなら・・・さっさとして」
声に先程までの勢いは全く感じられなかった。
「・・・オレの言うこと、絶対信じて欲しいのな?」
「分かったから、早くして」
その後すぐ、雲雀は言ったことを後悔した。
「オレ、さ・・・実は天使なのな」
「・・・・・」
「「・・・・・・」」
「・・・・・・」
たっぷりと間をおいて、
「・・・そう」
雲雀は言葉を返した。
『何、それ』
何を言っているんだ彼は。本当のバカなのか。
山本を多少なりにも評価していたため、驚き以上に雲雀は呆れた。山本の天然の酷さについては沢田、獄寺と共にいるときの言動から理解はついていた。
しかし今の発言は天然以前の問題。本来なら「寝言は寝て言ってよ」などと言って蹴り飛ばしてやりたい雲雀だったが、「信じる」といった以上、嘘でも信じるしかなかった。また、どうやら山本は先程雲雀がやってしまった事について触れて来ず、なんとも思っていないようだった。一人後悔、とは言いがたいが後ろめたさをらしくなく感じていた雲雀は自分が嫌になった。
「・・・・・・」
山本から、続きがなかった。顔を見やると、なんとも言えない阿呆面があった。
「何」
「全っ然驚かねーのな」
ヒバリは冷静なのなー。
山本は笑って言った。
『いや、冷静どころの話じゃないよ』
雲雀は心の中で突っ込んだ。
「で、君は何をしているの」
「ん?ツナを守ってんの」
ツナの奴、稀な不幸体質?ってやつでさー、いろんな悪い事とかトラブルとか引きつけやすいんだって。んで、オレはそれを上手いこと別の所に流してんだ。
と言う山本の説明に、雲雀は少し沢田綱吉について考えた。
『・・・あまり、功を奏してはいないみたいだけど』
並盛で起こる不祥事の過半数は山本含む沢田のメンバーが原因だったことを、雲雀は思い出した。窓ガラスの大破、グラウンド掘り返し等々。
『むしろトラブルを誘発しているんじゃないの?』
しかし本人は無事回避していると考えているようで、笑顔だ。水を差すのはやめよう、雲雀は思った。
『沢田綱吉、精々がんばりなよ』
死なない程度に。
心配するわけではないが、強いかもしれない芽を潰したくなくて、雲雀は沢田の身を案じた。
「で、君が・・・天使、って証拠は?」
思考を本題に戻し、雲雀は尋ねた。天使と言う単語につっかえたのは、信じていない証拠だった。しかし山本は気付かない。
「んー、ないのな」
「・・・君さ、僕をバカにしてる?」
雲雀は一番気になっていたことを尋ねた。
「じゃあ僕が屋上で見たアレは何?」
あれ、とはあの白い翼のことである。あれだけの質量、そう簡単になくすことはできないはずだった。
「あー、アレな」
山本は頬を掻いた。
「いつでもあるって訳じゃねーんだ」
てか、オレも雲雀が見えたってことに驚いたのな。
「・・・何で」
その先を、雲雀は聞きたくなかった。何か、別の予感がしていた。
「だってオレ、あの時幽霊?見たいな状態だったのな」
「は・・・?」
>
霊、と言う発言に、雲雀は軽く頭を叩かれた気がした。
「何?じゃあ僕はあの時君の霊体を掴んだわけ?」>
「だから驚いたのなー。あ、翼があったのは定期報告に行ってたから」
山本は指を立てて上を指した。
『上ってことは』
あの類か。
「・・・そう」
敢えて非現実的には触れず、雲雀は言葉を返した。
「やっぱヒバリ、理解がはやいのなー」
「・・・・・」
理解が早い以前の問題だよ。
雲雀はもう、この現実からかけ離れすぎた空想的な次元の話を聞きたくはなかった。だが、聞かないと謎は解けない。雲雀はこみ上げてくる黒いものを何とか押さえた。
「でさ、オレも聞いていい?」
山本は断った。それを断る理由を、雲雀は持っていない。
「何を?」
腕を組み、質問を待った。何かは、予想はついた。
「何でオレのこと、見えたんだ?」
『やっぱり来たか』
予想通りの質問だった。
「あれ」
雲雀は窓枠にいる黄色の鳥ヒバードを指した。
「あいつ?」
「何か落ちてくるって、上見上げたら君がいた」
「・・・何か、答えになってないのなー」
「偶然、見えただけじゃない?」
その返答に、山本は短く息を吐いてソファにもたれた。
「そっか」
残念だな。
それは小さな呟きだったが、しかと雲雀の耳に届いていた。
「どうして?」
「え?」
予期していなかった問いかけに、山本は驚いた。
「どうして、って訊いてるんだけど」
雲雀は答えを催促した。
「あ、えと・・・・あの状態のとき、皆が見てるオレは寝てて、俺がいること、誰も気付かなくてさ。ヒバリが初めてだったのな、気付いてくれたの。だから・・・っと、嬉しくて」
「・・・・・・」
雲雀は黙った。山本も、つられるように口を閉じた。
「何か、君らしくないね」
「ん、そ・・・だな」
山本はソファから勢いよく立ち上がった。
「じゃ、そういうことなんで。あ、他の人にはしゃべって欲しくないのなー」
雲雀に背を向け、応接室のドアの前に、山本は立った。
「そういえば」
ドアノブに伸ばされた手が止まった。
「人の脳って、一度“ある”と認識すると、忘れない限りずっとそれはあるものだって認識し続けるって」
本当かどうかは、知らないけど。
「・・・そっか」
山本は振り返った。
「サンキューな、ヒバリ!」
そう言い置いて、山本は応接室を出て行った。
「・・・・・・」
雲雀は扉の閉じる音に少し遅れて、溜息をついた。
『らしくないね、僕も』
彼の気分が良くないことに気遣うなんて。
先程言ったのも、本当かどうかは知らない。ただ、山本が明るくないのが気に入らず、つい口走ってしまった言葉だった。
雲雀はソファから立ち上がり、再び革張りの椅子の方に座った。そして一度欠伸をすると、机に伏した。
「ヒバリヒバリ」
「うるさい。今から僕は寝るから、邪魔しないでね」
雲雀は机の書類の上に飛び移ってきたヒバードに言った。なれない話をした所為か、酷く疲れを感じ、すぐに意識は遠ざかった。
「カミコロスー」
「・・・・・・」
高い声の口癖に、返事は返ってこなかった。