※雲雀さん吸血鬼化してます。そのに
吸血鬼自体はあまり好きじゃない。
『そろそろ、どこかで摂っとかないと。』
陽の落ちた並盛町を、雲雀恭弥は徘徊していた。何事も無いのに脱力感が全身を巡り、真っ直ぐではなく、まるで酔った者のようにふらふらと足を進めていた。それは、雲雀は何日も摂るべき「他人の血」を摂っていなかったことにあった。
『面倒な体質』
そう思ってはいるが、自身の体質に嫌悪感や劣等感を持つことは無かった。弱者たちを咬み殺すのに差し支えは無く、まぁそういう体の造りだと理解をしていた。血を摂るのも、適当に群れを成している弱者たちから受ける返り血程度の量で事足り、さして問題は無かった。
しかし、最近になって問題が発生した。他人の血に、味を求めるようになってしまった。それがどんな味なのか、どうして求めるようになってしまったのか、雲雀自身にも分からない。それらは自身でも押さえようの無い欲求で、雲雀は困惑した。
そして、この燻る感情を忘れるために、外に出たのだった。
たまたま目に付いた公園に、雲雀はふらついた足取りで立ち寄った。そしてそのまま、ベンチに腰を掛けた。途端に倦怠感が、雲雀の体を襲う。もう好き嫌いはどうでも良くなっていた。早く血を口にしたい。そんな獣的欲求に変わっていた。
ふと、公園の外に通りすがりの人影があった。群れてはいない。それは雲雀の姿を捉えると小走りに近寄ってきた。
街灯の光の下、面が割れた。
「ヒバリ?どうしたんだ?」
「・・・あぁ、君ね」
それは山本武だった。部活帰りのようで、頭に並盛中学校の校章の入った野球帽を被ったままだ。着ている制服もどこか着崩れており、目に留まった。風紀委員長として。そして。
これは口実になるかもしれない。
この際、相手はどうでも良かった。とりあえず血を口にすることができれば。見回りかな何かか?という山本の問いは最早雲雀の耳には入っていない。
「君、襟元開けすぎ」
「あー、部活帰りで暑かったからな」
これくらいは見逃してくれねーか?
「だめ」
山本は頼んでみた。だが、雲雀は聞き入れない。
雲雀の手が、襟元に伸びた。
「?」
しかしかわされた。
「・・・どうして避けたの」
「あ、や・・・本当にヒバリかな?って」
「なに、それ」
なんだ。天然の癖に、勘が鋭いんだね。
雲雀は目を細めた。
「僕は僕だよ」
そう言うと、雲雀は山本の被っている野球帽の位置を変えた。丁度、山本の視界から光が消えうせる角度に。
「わっ」
突然目の前が真っ暗になったことに山本は驚いた。
「とと・・・」
荷物で両手が塞がっているために、帽子の位置が直せない。山本は急いで荷物を下ろした。
だが、帽子に手を伸ばす前に雲雀が両腕を掴んだ。そのことに山本は抵抗を見せ、手首を小さく振り回す。
「ちょ、ヒバリ。離せっ」
「うるさいよ。“山本武”」
その一声に、山本の体はぴしりと硬直した。本名を知ってて良かった、と雲雀は思った。
『な、え?』
山本は、自分の体が動かないことに驚いた。呼吸をすることはできるが、声が出ない。視界もふさがれたまま。肌の感覚で何がどうなっているのか、漠然と捉えることしかできなかった。
感じるのは、首周りが騒がしい。確か先程雲雀が注意していた。あぁ直そうとしているのか。そう思った山本だったが、襟元は直されること無くむしろ、より開けられた気がした。そして、温かい風が喉元を掠める。同時に顔の下にくすぐったさを覚え、雲雀の頭が近くにあるのだと予測した。
運よく口が動き、息だけで言いたいことを伝える。
『ヒバリ、何してんの?』
「・・・口、動いたんだ」
雲雀の声は心底驚いた声だった。
「・・・・・・」
まぁ、いいか。別に。
雲雀は口を軽く開き、そのまま山本に噛み付いた。
『っひ・・・?!』
人より少し長い雲雀の犬歯が裂いた。
山本の首元からは雲雀の噛み痕から血が流れていた。動脈が近いため出血量は通常より多く、雲雀はそれに口をつけた。
年齢にあった、軽い舌触りだがとても濃厚な味。
『か、はっ』
喉の通りもよく、山本が部活で流しただろう汗のしょっぱさも、気になるどころか確かに生き血を口にしているのだと雲雀を実感させた。
『ッ・・・ぃ』
一方の山本は、体が硬直しているがゆえ、痛みに悲鳴を出すことができなかった。痛みの逃げ場が無い。代わりに目からは涙が流れ、耳の奥では自分の脈がドクドクと鳴り響いている。だがそれだけでは足りず、次第に頭もズキズキとして、目が開けていられなくなってきた。
雲雀の頭が首から離れると同時に山本の体の硬直が解けた。
「ヒ、バ・・・リぃ」
山本は四肢に力が入らず、そのままふらりと後ろに反れた。
雲雀は彼の体が地面に着く前に腕と制服の合わせを掴み、街灯の支柱にもたれるように座らせた。山本の息切れの音が静かな公園の中、耳に付いた。目を閉じてはいるが、意識はしっかりと持っている。
そして、微かに震えていた。
『・・・痛い』
いつのまにやら雲雀の手首を、山本は掴んでいた。その力は強く、簡単には離せなかった。
雲雀は膝を着き、もう一度顔を寄せた。
「ィ・・・」
「痛いことは、しないよ」
そう言って、雲雀は噛み痕を舐めた。その触覚にびくっと、小動物のように山本の体が跳ねた。
まだ乾ききっていない血を、雲雀は綺麗に舐め取った。流石に制服についた分はどうしようもなく、明日にでも代品を渡そう、そう思った。
この間、山本は震えながらも特に抵抗すること無く大人しくしていた。
そして、気を失ったかのように眠ってしまっていた。
『無理もない、か』
雲雀は山本の指先に触れてみた。
やはり血の気を失ってか、少し冷たくなっていた。
2010/06/17 加筆修正