'08ハロウィンSS
※ 注意書き ※
・雲雀さんが吸血鬼
・ 同上 が別人です(当然)
万聖節前夜祭の夜。
生贄として僕に捧げられたヒトに、顔は黒い布で覆われているが、見覚えがあった。
「あまり抵抗しなかったのですが、拘束させていただきました」
用心はしすぎても不利益は無い。最も、生け贄は気絶している様で、両の腕を背後で束ねられている。
頭は力なく垂れ、足もただの付属物のようにくっついているように見えた。
僕はそれを受け取った。質量と重力加速度の重みが腕に力を掛けてくる。嫌な重みでは無いと思う。
「下がっていいよ」
そしてそれを、拘束を外して、予め用意されていた寝台に置いた。
「・・・・・・」
僕にとって、これは“食品”。布を剥ぐ必要は無いが、僕はこの状態が嫌いだ。
だから手を伸ばす。が、僕の中の何かが阻んだ。
手をよりそれへと伸ばそうとするが、肘が固まり、指が止まった。
この“食品”が誰なのかは、頭の中では既に答えが出ていた。並中の制服と、黒いリストバンド。
けれど、身体はその答えを認めたくないらしい。
ならば、剥がさないでおこう。
そう内で言ったと同時に腕の硬直が緩んだ。
その隙をついて、僕は布を剥ぎ取った。なんて愚かなんだろう、僕の身体。
「やっぱり、君だね」
月光の下、生贄の顔ははっきりと見えた。その目を閉じた顔に、僕は手を添えた。
「折角別れてあげたのに、また戻ってくるなんて」
その頬につめを立てれば、いとも容易く皮膚が裂け、紅い飲み物が流れ出てきた。
僕はそれに、舌を這わせた。
すると、瞼が震えた。
「・・・ぁ、?」
目の焦点が合わないのか、視線がどこかをさまよっている。
「やあ、目が覚めたかい?」
そう声をかけてやれば、一瞬にして意識の霧が晴れたのか、僕のほうを向いた。
「ヒバ、リ?」
そう言って、“山本”は僕へと手を伸ばした。
「うん」
僕はその手を素直に取る。脈が正しく動いているのが、良く分かる。
ああ、早くその喉元に喰らいつきたい。
そんな衝動に駆られる。
ふと、山本は手を伸ばしてきて、人より長い僕の“牙”に触れてきた。
「本当に、吸血鬼だったのな・・・」
「うん」
僕はあまり驚いていない君に驚いたよ。まぁ、彼らの所為で人より少しそういう感覚が研ぎ澄まされたのかもね。
「君は僕の食べ物だから、」
そう言って、僕は山本のカッターシャツを広げた。
すれば、健康的に咬み甲斐のある場所か露になる。
僕は自己の欲求に従って、山本の首筋、頸動脈が通る場所に異形の牙を突き立てた。
「いっ、ぐ…」
瞬間、山本の体は大きく跳ねた。麻酔の類も無しだから、さぞかし痛いだろう。
深々と刺さった牙を抜いて見れば、開いた二つの穴から止めどなく赤い血液が流れてきた。
あぁ、何てそそられる…
そう考えて、この“本能”に抗えない僕はやはり異端なんだ、そう考えざるを得ない。
眉を顰めて、絶え絶えと呼吸する山本の表情を見るのは久しかった。ほんの数ヶ月前のことなのに。
再びそこへ、今度は唇を押し当てた。
軽く吸えば甘いような苦いような、只の飲食物では潤わなかった渇きが、渇望していた悦びが満たされていく感覚が波の様に広がった。
痛みのせいで、山本は草食動物のように震えている。が、意識はある様だ。
僕の腕を手探りで見つけると、僕の頭を穿たれた肩口へと押しつけた。
きっと痛みを逃がしたいのだろう、強い力で押さえつけられる。そして否応無しに、口に血を入れてしまう。
…正直、息苦しい。
しかし頭を押さえる手を掴むと、簡単に外れた。
「痛いね」
そう言うと、山本は小さく頷いた。流れなかった涙で潤んだ瞳が僕を捉える。
「ははっ…ヒバリ、汚ね…」
山本は僕の口元に手を伸ばして、血を拭った。しかしそう言う彼の顔も血で汚れている。
お互い様のように、僕も山本に付いている血を拭った。
勿論、舐めて、ね。
それから小一時間。だいぶ山本の傷口は固まり、血小板の軟らかいかさぶたが残るだけとなった。
精神的にも疲れたのか、山本は目を閉じて深い呼吸を繰り返している。
「ご馳走様」
耳元で囁く様に僕は言った。するとかかる息がくすぐったいのか、
「ん、ぅ…」
離れるように背を向けてしまった。
すると、背の方に残っていた血が自発的に動いた。背を這い、赤い悪魔の刻を描き始めた。
それは、僕の“もの”になった証拠。異端の世界に足を踏み入れた罰。
「ようこそ、山本武」
赤い血が踊る僕の領域へ…
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08/10/30(Thu.)
10/06/13修正