チョコレートと告白の祭典が今年もやってきた。
校内の女子達がいつも以上にに騒いでいた。
その日、土浦は女子に混じってお菓子を準備した。
だが、彼は男子生徒。どちらかと言えばもらう立場である。
『・・・どうするか』
学内コンクールに出てから、土浦の人気は右肩上がり。去年の倍以上のチョコレートが土浦の机を陣取っていた。だが、甘いものは苦手。けれどくれた彼女達の気持ちを捨てるに捨てられない。これが土浦の毎年の悩みどころだった。
男子生徒からは羨望の(恨みを含む)眼差しが痛いほど突き刺さる。また、今年は“彼”に渡したいと言う願いも少なからずある。
鞄の中にある白いリボンを飾った藍色のシンプルな箱。その中にはつい昨日作った甘さ控えめの赤ワインのチョコレートケーキが一切れ。家族にも好評だったため自信作ではある。
「いいよなー、土浦たくさんもらってて」
「多くても困るぜ、俺は甘いもの苦手だし」
「それは勝った奴が言う台詞だろう!!」
と大きな声で言うクラスメイト。
『勝ち負けなんて無いだろ。競争もしてねーのに』
だが、ふと“彼”のことを思い出す。性格は悪く言えば冷徹だが良く言えばクール。家系も悪いものではないし顔立ちも良い。人気でない訳が無い。
『アイツに何時渡すか・・・放課後か練習室か。そんなもんしかないよなぁ』
土浦は一つ溜息をつく。
時を同じくして音楽科も騒いでいた。
「・・・・・」
机の物を見てあからさまに嫌な表情をするのは月森蓮。登校して席に着こうとしたら机の上には箱の山。
『何かの嫌がらせか?』
彼にとってヴァレンタインデーなどというものは無駄なものだった。そして今日がその日であること自体忘れていた。
鞄を机の横に掛け、箱の一つに挟まっていた手紙を開く。
「・・・・・・」
他の手紙を見ても結句が殆ど同じである。
月森は箱の山を抱えると、全てゴミ箱へと捨てた。
「・・・すごい豪快な事をするね、月森君」
クラスメイトの男子生徒が声をかけた。
「いらないものをもらって喜ぶ奴は居ない」
月森はそのまま真っ直ぐ席へと戻った。教室の隅では涙ぐむ女子生徒が数人見受けられた。
時は過ぎて放課後。
月森は予約していた時間より少し早めに練習室に着いた。
「・・・少し早かったか」
月森はそのまま前の生徒が終わるのを待つ事にした。
『それにしても今日はやけに女子が騒がしい』
練習室から聞こえてきたのは〔雨だれ〕のプレリュード。
その落ち着きのあるメロディーは月森の妙な苛立ちをやわらげてくれた。
『・・・この音は・・・』
聞き覚えのある音のタッチに、月森はある人物が思い当たった。室内を覗けばまさしくその人物だった。音楽科とは違う濃紺と鮮やかな緑色が曇りガラスの外からでもその人物を象徴していた。
カチャリ・・・と扉を開けると音が止んだ。
「「・・・・・」」
両者数秒の沈黙。先に切ったのは奏者。
「月森・・・」
「土浦・・・」
お互いに姓を呼び合った。話題が見つからず視線を相手から逸らし、また沈黙。
「・・・・・・君に会うとは思わなかった」
そう言った月森の視線が土浦の荷物へといった。学校指定の通学鞄と大き目の紙袋が置いてあった。紙袋の中身はラッピングされた箱が幾つも入っている。自分が捨てたものと同じ様な物も幾つか見受けられた。
月森の視線が自分の荷物に言っている事に気づいた土浦は短く説明した。
「ほら、今日ヴァレンタインだろ。それで」
「・・・そうか」
今日の一連の事にようやく月森は納得がいった。しかし次いで何故か苛立ちを覚えた。
何に対してなのかは解っている。しかしそれは常識から外れていた。
『何故こんな事を思うんだ、俺は』
相槌を打ったっきり黙りこむ月森に、土浦はどう切り出せばいいか悩んでいた。
『今なら渡せるよな・・・でもなんていって渡しゃあいいんだ』
自分としても可笑しいとは感じている。けれどそれ以上に月森に渡したいと言う気持ちが強かった。今なら女子の気持ちが解らないでもない。自分にこんな女々しいところがあるとは思わなかった。
土浦は意を決した。
「月森、あのさ」
「土浦、君は」
同時に言葉が出た。
「先にどうぞ」
譲ったのは月森の方。土浦は短く返事をした。
深呼吸をして椅子から立ち上がり、荷物の方へと向かった。この際先にやってしまった方が良い、そう思った。
鞄から取り出した物をもった土浦は月森の前に立った。
「これ、やる」
差し出されたのは白いリボンを飾った水色のシンプルな箱。それを受け取ると月森は驚いた表情で土浦を見た。
「んだよ」
「いや、まさか君からもらえるとは思わなかった」
ついさっき感じた苛立ちは消え、心底から嬉しいという感情が一番彼に合っているのかもしれない。
自然と表情も柔らかくなっていた月森を見て、土浦は頬が熱くなった。
「や、やっぱそれ返せ!」
土浦は月森の手から箱を何度か奪おうとするものの、ことごとくかわされてしまう。
「これは有難く頂かせてもらう」
箱を片手に月森はいった。
土浦はグランドピアノを背にし最後に正面から行こうとした所、土浦は月森に正面から押さえ込まれた。 というよりは抱きしめられた。
「有難う、梁太郎」
「ッ!!」
耳元で囁かれ赤みが引きかけた土浦の顔はまた元に戻ってしまった。
数歩後ろへと下がり月森の顔を見ると、見たことのない表情がそこにあった。
どうしても欲しかったものが手に入った瞬間の目。
そこで土浦は諦めた。そして思った。
『コイツ、こんな奴だったっけ?』
この先にもう不安を感じた17回目の聖ヴァレンタインデー。