朝目覚めると、酷く違和感を土浦は感じた。
「(何だ・・・?)」
頭が妙に重く、目覚めが悪い。身体を起こしてみるも、異様な気だるさが身体を引っ張る。
それを振り切って、床に足を着いて立ち上がったが、
「っでぇ」
頭蓋の中をを直接押されたかのような頭痛が襲った。思わず手で額を押さえ、土浦はベッドに座り込んだ。
ベッドのスプリングは盛大に軋み、その反動でさえ、頭にきた。
額を押さえたまま携帯の時計を見ると、12時を少し回ったところだった。
そういえば、家族が部活やら用事やら出勤やらで出て行くと声をかけられたことを思い出した。
この時間になっても、誰も起こしに来ないわけだ。
今日が休日で本当によかったと、土浦は思った。今日は何もせず、速めに寝てしまおう。
そう思ったが、
「・・・・・・あ」
そう声を発し、もう一度時計を見る。そして瞬時に青ざめたと同時に、玄関のチャイムが鳴った。
「(全く、一体どうしたというんだろうか)」
土浦の家のチャイムを鳴らし、月森はヴァイオリンケースを下に置き、腕を組んだ。
待ち合わせ場所は駅前。時間は二時間も前に遡る。このまま待ち惚けを見逃してはは腹が立つ。
一方で、疑問もあった。
「(遅れてくるなんて、何が)」
いろいろ思考してみるが、何も確かな結論は出なかった。
すると突然、家の中から予想外の音が、悲鳴が聞こえてきた。
「・・・・・・」
最後に一回、ひどく大きな音が鳴って音は静まった。
その音に呆気にとられていると、玄関のドアが開いた。
「よ、よぉ・・・」
片手を挙げ、申し訳なさそうな顔をして土浦が出てきた。
「・・・・・・」
無言で月森は土浦を睨みつけ、
「今が何時だか、解っているな」
「あ、あぁ・・・」
その剣幕に土浦は少し後ずさりし、月森を家に招き入れた。
リビングに入れたはいいものの、それで月森の苛立ちが治まるわけはない。
土浦は居心地の悪さと、起きてから続いている頭痛が辛かった。
「(・・・完ッ全に、怒ってるな・・・)」
冷蔵庫から麦茶を引っ張り出し、二人分のグラスに注いだ。
「お茶、置いとくぞ」
「・・・・・・」
「何か食べるか」
「・・・・・・」
「(話続かせろよ)」
土浦は向かいに座り、グラスに口をつけながら月森の顔色を窺った。
こうも無言が続いては、謝ろうにも言い出し辛さが増すばかりだが、言い出さないわけにもいかない。
頭の中でどう切り出そうか考えるが、頭痛が邪魔をする。
しかし、自分から切って入ることにした。
「悪かった、今日」
「悪いと思うなら、早く始めよう」
「・・・・・・」
理由を言おうとした瞬間に返された。その言い方に土浦は少しむっとした。
「理由、聞かねーのかよ」
「聞いたところで、時間が帰ってくるわけじゃないだろう」
ああそうですねじゃあ練習始めましょうか。
そう棒読みで言って、さっさと立ち上がろうとしたが、その瞬間に身体が揺らいだ。
「ッ・・・」
「どうした」
「何でもねぇよ」
母の使っている教室が一回にあって本当によかったと土浦は思った。
「さっきはどうしたんだ」
「さっき?」
「異様な音が鳴ったのだが、あれは」
「あ、ああぁ!ちょっとな」
土浦は精一杯、不自然に誤魔化した。月森の方も、聞かれたくない意思を感じ追求しなかった。
「(あれはしくった)」
まさか家の中で手摺を掴み損ねて階段から転げ落ちるという危険な芸当をやってしまうとは思ってもいなかった。
何とか受身を取ってのことだったがまだ全身のあちこちが痛むのは事実。が、頭痛ほどではない。
「何やるんだ?」
「そうだな。ウォーミングアップに・・・愛の挨拶でも」
「そうだな」
スケルツォ・タランテラやらの難題曲が来なくてよかったと、土浦は心から思った。
きっとこの頭では楽譜が負いきれないだろう。
「じゃあ、はじめるぞ」
「ああ、頼む」