気が付けば、もう二月半ばに差し掛かっていた。この時期になれば、男女共々、気分が上がる。
そう、とある種の企業の一大イベントであり、婦女の一大イベントである・・・。
「・・・・・・」
土浦は学校で、雑誌を読んでいた。図書館で借りた昨年のものだったが、参考までにと借りたので目新しい情報は必要なく、丁度よかった。
しかし、表紙に大きく書かれている文字は茶色のゴシック体。
“特選・チョコレート菓子”
『去年は、散々だったな・・・』
今年はいっそ、既製品でも送りつけてやろうかと思ったが、チョコレート企業の企てに乗るのもたかが俺一人といっても癪だった。
そこに、志水が来た。
「あ、土浦先輩」
「うおぉぅ!し、志水か」
「何を読んでいらっしゃるんですか?」
土浦は手に持つ雑誌を、少し間を空けてからばっと隠した。
「特選、チョコレート菓子・・・」
志水はしっかりと見ていた。
「何か作るんですか?」
「あ、あぁ・・・一応?」
「月森先輩に?」
「一応、そのつもり・・・っはぁえ?!」
実に奇妙な奇声を土浦は発した。志水の誘導尋問に、見事に引っかかった。
「・・・・・・」
「ち、違うからな!別にそういった意味じゃ」
「いえ、そうじゃなくてただ羨ましいなぁと」
「・・・は?」
ウ ラ ヤ マ シ イ ?
「・・・えっと、志水?それは一体どういう意味だ?」
「ですから、僕も土浦先輩からチョコレートが貰いたいなって」
土浦は目の前の後輩を、見た。
『お前なら義理でも本命でも、山のように贈られてくると思うが・・・』
ふわふわとした金髪に、青い目。どこか地に足の付かない雰囲気はどう見ても女子好みである。
『日野が天使みたいって言うのも、分からんでもないが』
「まぁ、別にいいけどな。作ったところで絶対に余るだろうし」
言っとくが、甘くはないぞ。
甘いものが苦手な月森のために作るもの。たとえチョコレートであろうとも、味を損なわない程度に抑える。
この時点で、土浦は月森に渡すのだと認めた。ことに、気付いていなかった。
「ありがとうございます」
志水は柔らかな笑みを浮かべ、律儀に頭を軽く下げた。しかし土浦に効果は無い。
「いいって、別に」
「いぇ・・・あ」
「あ?」
「月森先輩だ」
志水の視線を追って、土浦は振り返った。すると、少し離れた所で何も持たず、辺りを見回している月森の姿が見えた。
すると、目が合った。そして彼の足がこちらへと向いてきた。どうやら目的は土浦か、志水。 「土浦」
自分の苗字が呼ばれ、少しだけ嬉しくなった。
「では、僕は教室に戻ります」
そういうと、志水は月森のほうへと歩き出した。
その途中で、音楽科の二人は立ち止まった。
「 」
「 」
何を話しているのかは分からない。しかし、月森の表情が少しだけ変わった。志水は一礼し、校舎の方へと歩いていった。
「よぉ」
「志水君に、何か言ったのか?」
月森の目は、まだ志水が向かった方を見ていた。
「別に、何も」
妙に違和感を感じる月森の言葉に、土浦は尋ねた。
「あいつ、お前に何言ったんだ?」
「・・・君には、関係ない」
「あ、そ」
どうやら聞かれたくない事らしかった。そこに深く突っ込むのも難だったので敢えて追究はしなかった。気にはなるが。
「それより」
月森の視線が、手元に移ってきた。
「君は学校で一体何を読んでいるんだ」
手にはあの雑誌。
「・・・別にいいだろ」
家で読んでると、家族がうるさいんだ。
視線を斜め下方へずらして、頬を少し赤らめて言う。
「・・・・・・」
「うゎっ」
突然、土浦はぐぃっと引っ張られた。突然のことに抵抗できず、そのままされるがままとなった。
「つ、月森」
身長差のため、土浦の顔がが月森の首筋へと落ちた。途端に香る月森の匂い。それだけなのに冷静さを欠いてしまった。
「ちょ、離せ・・・ここ学校だぞ!」
次第に迫ってくる恥ずかしさと焦り。土浦は月森から離れようとした。
「・・・済まない」
月森のほうも、自分が何をしてしまったのかすぐに気付き、すぐに土浦を開放した。それに少し寂しさを感じたのは後の話。
「い、いきなり何なんだよ」
「いや、きみがあまりにも」
可愛い表情をするから・・・
「・・・・・・・ッ!!」
土浦の顔は、赤くなったり青くなったりした。
「な、だ・・ば、ちょ・・・はぁ?」
すでに言葉が出ず、短い音ばかりが口から出てくる。
「本当、すまなかった」
「いや、そこまで嫌だったわけじゃねーし、謝らなくても・・・?」
そこで土浦は口に手を当てた。『口が滑った。何をいっているんだ自分は。』そんな表情である。
月森はといえば、
「・・・・・・」
同じく『今彼は何と言ったんだ?』と自分の耳が信じられないでいた。
二人とも、見合ったまま一句も言い出せずにいると、遠くからチャイムの音が聞こえてきた。
「じゃ、じゃあまた後でな」
「あぁ、また」
土浦は逃げるようにその場から走り出した。
『また、とは帰りだろうか・・・?』
月森は走り行く土浦の背を見ながら、帰りに教室の方へ行くかと考えていた。