Izaya Orihara,The tutor as well as the Informant 6-2


 午後、やっと休みをもらえた静雄は一人、昼用に購買で買った菓子パンを齧りながら、荷物とともに屋上のベンチに座っていた。空を見上げれば夏の空は姿を消し、筋雲が風に乗って動いていた。屋上は池袋の喧騒はおろか、校内のざわめきも遠くに聞こえ、とても静かだった。

 ――― やっぱ静かな方が落ち着くな

まだ温さの残る弱い風を受けながら、静雄はパンを口に入れた。

 そういえば、最近喧嘩してないな、と静雄は思った。
 ここまで穏やかなことが続いたのは初めてのことだった。中学のころはほぼ毎日何かしら投げていた記憶があった。軽いときは机を、酷いときは標識をすでに投げていた気がした。壊したものは数知れず。義務教育でなかったら留年が確定していたかもしれない。高校も、一年二年のころは喧嘩三昧だった。街でも一部に名が知れ渡り、見ず知らずの他校生に因縁をつけられては一蹴した。しかし大学に進学したかったため、六、七割は自分では抑えたつもりだった。その分、一回の被害が大きくなったのだが。
 そして三年生になり、二年の成果もあり、自分に関してはある程度のコントロールを身につけた。おかげで喧嘩の回数は減少し、被害も小さくなった。それでも、静雄の目指す平穏には届かなかった。
 それが今、彼を取り巻いている。

 ――― 努力が実ったのか?

最後の一口を口の中に放り入れ、咀嚼しながら静雄は考えた。


 昼食を食べ終え、さて臨也に連絡を入れようとしてふと、静雄の手は止まった。

 ――― そういえば、折原さんのメールアドレスって俺知ってたか?

急いで携帯電話のアドレス帳を開くが、「折原臨也」の文字はなかった。

 ――― どうすれば……そうだ!

確か。静雄は鞄の中を漁り、ペンケースを取り出した。開けて中を調べると、薄汚れた小さな紙を見つけた。思い返せば依然質問にと挟まっていたことを思い出した。まだ捨てていなくてよかったと静雄は安堵し、間違えないようにそこに書かれた英数字を打ち込んだ。





 同時刻。

「本当寂しいやつだよね、君って」
「その寂しいやつに付き合ってくれて感謝するよ」

臨也と新羅は学食で、向かい合って昼食をとっていた。テーブルには学食に伝わる裏メニューが置かれていた。

「孤食はよくないからね」

そう言って、臨也は箸で小分けにした最後のハンバーグを口に入れた。

「そのこじつけにも見える理由はよした方がいいよ」

新羅の方はすでに食べ終わっており、プラスチックのコップに入った麦茶を少しずつ飲んでいた。

「……なんか冷たくない?」
「私は今すごく機嫌が悪いから」
「その格好で一人称私はやめた方がいいと思うよ」

新羅は周りをちらっと見て、ため息を吐いた。周りの人間たちは皆一堂に新羅に一度は視線を向けていた。文化祭では幾分普通になり始めている女装だが、意外と視線を集めるものである。ある程度似合っていれば猶更だ。
 臨也は箸を皿に置いた。その表情は満足気であり、驚きもあった。

「学食の味も変わっていなかったとは驚いたよ」
「そんな仔細なことまで覚えているのかい?」
「結構お世話になっていたからさ」

でなきゃこんな裏メニュー知ってるわけないだろう。そう言って臨也はコップに残っていた水を一息に飲み干した。するとコートのポケットに入れていた携帯が小刻みに震えた。

「おっと、メールだ」
「静雄かい?」
「みたいだ」
「なら、僕は帰るとするよ」

午後は暇だし、こんな格好さっさと着替えたいし、片付けはしなくちゃいけない気がするけどセルティに会いたいし。じゃあね、と手を振って新羅はテーブルを離れて行った。途中振り返り、一言。

「気を付けてね」

臨也は苦笑いしながら軽く見送り、メールを開いた。

『一時に正面昇降口で』

絵文字も何もないそっけない文面だったが、逆に静雄らしさを感じ、臨也は携帯を閉じると軽い足取りで食器を返し、食堂を出た。










 静雄は店番をしていた格好のまま、待ち合わせに指定した場所に立っていた。
 ちなみに、待ち合わせ時間から十分ほど過ぎている。

 ――― 何かあったのか?

そう思って携帯を開けてみるが何も連絡はない。以前待ち合わせした時は五分前には来たので、不思議に思った。
 メールを送るか。そう思って新規作成のアイコンを押したときだった。不意に肩をぽんと叩かれた。

「や、遅くなってごめん」
「……何があったんだよ」

臨也の頭にはお面、手には焼き鳥やら団子やら、腕には用途の不明な花の首飾りが引っかかっていた。それを見て、静雄は脱力した。

「いやぁ、ここに来る途中外の出店の前通って来たらさ、何かいろいろ貰っちゃって」

どうぞと言わんばかりに差し出された団子に手を伸ばすかどうか考えたが、一応受け取ることにした。口に入れると程よく温かく、なかなか良い市販品を出しているなと静雄は思った。臨也も手元に残った焼き鳥を口に入れ、残った棒を近くに置いてあったごみ箱に捨てた。

「これ邪魔だよね」

そう言って、臨也はコートの内ポケットからナイロン製の折り畳みバッグを取り出して開き、その中にお面や首飾りを放り込んだ。
「どこかで回収とかしてないかな」
「してないだろ、普通」

静雄は呆れながら言った。臨也は「仕方ないから持って帰るか」と肩をすくめてその横に並んだ。



 人の波は午前中よりかなり減った。廊下を歩く人も場所によってはまばらになり、暇を持て余す生徒も見かけた。

「どこか回りたい所とかある?」
「えっと」

鞄からパンフレットを取り出し、ざっと全クラスの出し物を静雄は見た。昼食を摂ったばかりなので飲食系はパスしたい。ダンスや劇もいいが、生憎と休憩時間だった。舞台発表は途中鑑賞になるが、特別興味が引かれるものがなかった。そもそもまともに参加することが初めてだったため、どうも文化祭の空気についていけなかった。

「無いなら一年五組に行ってもいい?」
「あぁ、妹のところか」
「行かないわけにはいかないからね」

行かなかったら行かなかったで、あとがうるさいし。

その言葉は飲み込み、頭の中に残っている地図に従って歩き出した。

「一年五組って向こうの棟だよね?」
「いや、この上」
「あれ?」

臨也は足を止め、自分と反対側へと歩き出した静雄を追った。

「変わったんだ」
「耐震工事で教室が移動してるんだ」

階段を上がり多目的室の前に差し掛かったところで、ふと臨也は足を止めた。それに気付いた静雄も足を止めた。

「折原さん?」

臨也は教室の中で腕を組みながら立っている男に目を向けていた。その表情はどこか楽しそうで、嬉しそうでもあった。

「ちょっと知り合いがいてさ」
「……」
静雄もそちらの方を見た。すると男はこちらに気が付いた。ごくわずかに目を見開き、そして軽く手を挙げた。臨也も返すように手を軽く上げ、静雄は頭を軽く下げてそこから去った。



 そして二人は一年五組に来た。ここもなかなかの賑わいを見せており、列こそないが教室内は外来の人々でいっぱいだった。
 そんな教室の様子を廊下から見ていると宣伝係の女子が飛んできた。九瑠璃と舞流であった。

「イザ兄!静雄さん!」
「来……嬉……」

二人は手にしていた看板を壁に立てかけると、そのまま臨也の左右に回り逃がさないと言わんばかりに腕を絡めとった。一瞬で不機嫌な表情になりながらも振りほどこうとしない臨也を見て、静雄は苦笑した。

「久しぶりだな。夏休み以来か」
「そうだね〜学校じゃ階が違うからめったに会わないし」
「憧……良……」

九瑠璃は静雄の格好を上から下へと見て言った。

「あー、出し物の格好だ。午後も一応仕事があるからな」

その言葉に臨也は首をかしげた。

「あれ?昼の後暇って言ってなかった?」
「仕事がないとは言ってないだろ。二時には戻る」

静雄は舞流を見た。

「ところで、お前らの出し物ってなんだ?」
「クイズゲームだよ。ほら、今結構クイズ番組多いでしょ?あと問題を考えるのも楽しいかなって思ってさ。あ、もちろんレベル別で簡単なのもあるんだけどね」
「例……試……」

九瑠璃と舞流は自分たちの看板を静雄に見せた。そこには丁度例題が載っており、一読した限り問題は確かに面白いものであった。

「やってみるか」
「本当!」

満面の笑みを浮かべた舞流は教室に一度走り、エントリーシートを持ってきた。静雄はそれを受け取ると自分の名前を枠内に書いた。そしてそれを舞流に返すと、九瑠璃はそこに「折原臨也」と書き足した。

「じゃ、二名様エントリー!」
「俺はやらないよ」
「駄目だよイザ兄。原則二人一組なんだから」
「原則なら例外があってもいいだろ。俺は後ろか「これお願いね」

臨也の意見を総無視して、舞流はそのままエントリーシートを受付に持って行った。

「……聞けよ」
「別にいいだろ」

静雄は携帯で時間を確認した。九瑠璃に聞いた限り個人差はあるが大体二十分ぐらいで終わるようだ。ここに行って、あと近くを見て丁度終わるだろう。
 臨也は肩をすくめ、短く息を吐いた。

「仕方ないなぁ」

しかしその顔は仕方ないとは言っていなかった。



 受付で臨也と静雄は簡単なルール説明を聞いた。問題は第一コーナー、第二コーナー、最終コーナーの三部構成で、難易度が順に上がっていく。全部で三十五問あり、その正答数によって順位が決まる。また各コーナーの解答に関してはそれぞれにルールがあるのでそれに従えというものだった。
 成績表と書かれた紙を受け取ると、二人は床にビニールテープで書かれた矢印に沿って机と天井から下がっている布で区切られた一画、第一コーナーに入った。
 第一コーナーは漢字の読み書きだった。紙が二枚、白紙の面を上にして各机においてあった。

「第一コーナーでは漢字の読み書きを十問やっていただきます」
「なんだ、簡単じゃないか」

臨也はコートを脱いで椅子に座り、溜息をついた。

「そんなことないですよ?制限時間つきですから」

それを聞いた瞬間、静雄は柄にもなく緊張した。鉛筆を受け取ると、落ち着かせるために小さく深呼吸をした。

「制限時間は三分です。あと、必ず楷書、読める字で書いてください。……それでは、スタート!」

その掛け声に従い、臨也と静雄はほぼ同時に紙を返した。そしてすぐに鉛筆を走らせた。

 ――― “輪郭”“東屋”“ないがしろ”……たしか“蔑”を使ったな。送り仮名は“ろ”だけだ。“直衣”はたしか“のうし”って読んだな。で、次は“洋才”で…… ―――

――― 最初の方は三級以下のレベルか……“冬至”、“暁”、“きく”、“つれづれぐさ”っと。“魚籠”は、そうだ“びく”だったな…で、“しじま”?あぁ、“静寂”か。 ―――

 ――― “ほととぎす”?“不如帰”あたりだったっけな。“”“” ―――

 ――― “百日紅”、“労咳”、“どら”……何だ?この変わった問題。“プロイセン”って“普魯西”だったかな ―――

臨也は鉛筆を置いた。まだ時間はわずかに残っているようで、ざっと見直した。

 ――― は?“ローマ”?!何だったけ…ローマ、ローマ……“羅馬”か「そこまで」

その声で二人は鉛筆を置いた。そして紙を学生に渡した。ストップウォッチを持っていたもう一人と一緒に、赤ペンで採点を始めた。
 ややしばらくして手は止まった。二人の解答に間違いはなかった。学生は成績表にそのまま赤ペンで二箇所に10と書き、それを解答用紙と一緒に静雄に渡した。  スペースから出て、臨也は二枚の漢字の問題を改めて見た。後半は学生向けと言うより、社会人向けの問題だった。そもそも学生の内に知る国名の漢字表記は一字表記が多いだろう。 ふと静雄の解答用紙の最後を見て、臨也は驚いた。“羅馬”。パソコンでは一発変換できるが、書くのはめったにないことだ。

「よくローマなんて漢字書けたね」
「勘」
「勘か」

どう見ても勘で書ける字ではないだろう。改めて、なぜ家庭教師を受けているのかと臨也は疑問に思った。





 第二コーナーはジャンル選択制の問題で、文学・歴史・科学の三つから一つを選択するものだった。隣で一足先に問題を受けている学生はどうやら静雄と同じ受験生のようだった。歴史のジャンルを選択し、人名はともかく年号を聞かれ非常に悩んでいた。

 ――― 応仁・文明の乱は1467年からだよ

声には出さず、臨也は心中で言った。そして意識を静雄の方に戻した。

「受験の確認でもやってみたら?」

俺は見てるから。静雄も同意し、簡単な説明の書かれた紙を見ながらしばし悩んだ。

「そうだな……じゃあ文学で」
「文学ですね」

出題役の生徒は静雄から成績表を受け取ると、机の中から道具箱の箱を取り出した。そこには封筒がたくさんあり、すべて封がしてあった。その中から静雄は一つ引き、出題者役の生徒に渡した。彼女はそれを鋏で封を開け、紙が五枚入っているのを確認した。

「では、始めます」

なかなかに凛とした声で言われ、静雄は姿勢を少しただした。

「第一問目。プロレタリア文学で有名な徳永直の作品は何でしょう?」
「太陽のない街」
「第二問目。芥川賞、直木賞を設置したのは誰ですか?」
「菊池寛」

何だ、漢字より簡単じゃないか。静雄は答えながら思った。

「第三問目。源氏物語に至るまでに書かれた奇伝小説および歌物語は何ですか?」
「奇伝小説が竹取物語、宇津保物語、落窪物語。歌物語が伊勢物語、大和物語、平中物語」
「第四問目。森鴎外の作品を三つ答えてください」
「『舞姫』、『高瀬舟』、………あー、っと『阿部一族』」

一瞬答えが頭から消えかけた。静雄はこれが受験本番だったら最悪だな、と苦笑した。
そして第五問目も難なく答えて解答を終えると、臨也は手を叩いた。

「全問正解。さすが静雄君」
「そりゃあな。出来てなかったらまた家で覚え直しだ」

静雄も自信があるようで、正した姿勢を崩して結果を待った。
 結果は無論全問正解。受験生には易しい問題だったが、文学というジャンルも暗記分野なので触れなければ全く分からなかっただろう。
 そして二人は最後のスペースに進んだ。








 最終コーナーは難問ぞろいの問題のようで、「現在の最高スコア」と書かれた小さなホワイトボードには「二問」と書いてあった。恐らく勘か、偶然知っていた問題だったのか。とにかく難しいことが何となくうかがえた。
 隣の進行状況を見ると、解答する側もだが出題役の学生までもが問題を見て初めて知ったという顔をしていた。問題を作ったのはいったい誰なのか。静雄は気になった。ネットであら捜ししたのか、図書館でその手の本をかき集めて作ったのか。どちらにしろなかなか面倒な作業であることに変わりはない。正答数の低さが彼らの目論見なら成功して喜ばしいことだろう。
 ふと、臨也はあることを思いついた。

「静雄君、ここは俺にやらせてくれないかな?」
「え?」

突然の申し出に、静雄は驚いた。次いでさらに。

「あと全部正解できたら一つお願い聞いてくれないかな。俺の健闘をたたえて」
「いや、健闘って」

確かに前で解答している状況を見る限り完全解答というのは難しそうだった。しかし願いを聞くようなことでもないだろう。

「変なお願いじゃないから」
「?……まぁ、いいけど」

 ――― この人何を俺に聞いてもらおうなんて思ってるんだ?金持ってそうだし、頭いいし、外見も良いし、家も広いし……。

そう思うとそのお願いが少しだけ気になったので了承した。静雄からの了承を得た臨也はやる気が出たようで、鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌になっていた。
 やがて自分たちの番が来た。臨也は座り、静雄はその後ろで立った。

「どうぞ座ってください」
「いや、俺答えないから」
「そうですか……?」

別に解答せずとも座ればいいのだが、静雄は後ろから臨也を見ることにした。出題役の生徒はノートを捲り、適当なページを開いた。

「最終コーナーは多岐にわたる問題を出します。問題は全部で十問。今のところ最多正解数は隣の人が出した五問です」

静雄は正解数を五つに伸ばしたらしい横の学生を見た。確か同じクラスで、この間の試験で最下位を取ったと友人に自慢していた学生だった。

「では始めます」

生徒は視線をノートに下ろし、読み上げた。

「第一問、マリの首都は?」
「バマコ」
「!」

間隙なく答えが返ってきて、学生は顔を上げた。臨也は余裕の表情で言った。

「次の問題は?」
「あ、はい」

驚いた様子のまま、生徒はぱらぱらとノートを捲った。

「第二問、カントの生まれた町のドイツ名は?」
「ケーニヒスベルク」
「第三問、シェイクスピアの四大悲劇のタイトルは?」
「マクベス、リア王、オセロ、ハムレット」
「第四問、天使の階級の一番上は何と言う?」
「セラフィム、熾天使のほうがいいかな?」
「いえ、大丈夫です」

チェックを入れながら、さっと生徒はノートを捲る。

「第五問、マイムマイムはどこの民謡?」
「イスラエル」

詰まることなく解答する臨也に、静雄は驚きを隠せなかった。確かに「頭がいい」とは思っていたが、それは少し違ったようだった。先ほどの学生同様、この手の問題は学校の勉強とは違うのだろう。

 六問目も難なく答えた。次いで生徒は足元から伏せられたフリップを拾い、机に立てた。

「第七問、これは何て読む?」

フリップには大きく毛筆で「忝い」と書いてあった。直筆のようで、なかなかに達筆だった。

「かたじけない」

それも読み解き、フリップは机に倒された。生徒はノートに視線を戻し、次の問題を探した。

「第八問、三面六臂と同義の四字熟語は?」
「八面六臂」
「第九問、ワシントン条約の正式名称は?」
「絶滅の恐れのある野生動物の種の国際取引に関する条約」

最後の一問のところで、出題役の生徒はページを最後まで捲った。

「第十問、悪魔の階級を作った人は?」
「あー、……誰だっけ?」

臨也は生徒から見てごく自然に、静雄から見てわざとらしく唸った。恐らく生徒の気持ちを汲んだのだろうが、ぽんと手を叩いた。

「あぁそうだ。セバスチャン・ミカエリス」

偽善的笑みを浮かべ、臨也は言い放った。

「し、信じられない……」

出題役の生徒が驚愕の表情で呟いた。そして臨也は震える手で渡された成績表を受け取り、静雄にも見せた。問題数分の正答数の形で示された成績表はすべて約分して一にできた。

「……最後わざとだろ」
「あれ?ばれてた?せっかくだったから彼の気持ちを汲んだつもりだったんだけど」
「答えた時点で汲んでないだろ」

再度受付に戻り、成績表を出した。文句なしの一位は明らかだった。しかし一位を取ったからといって何か商品があるわけでもなく、黒板に名前が書かれるくらいだった。
 参加記念の飴をもらい、静雄と臨也は教室を出た。

「イザ兄どうだった〜?」

すると待ちわびていたかのように舞流と九瑠璃が声をかけてきた。臨也は教室の黒板を指した。もちろんそこには記録を塗り替えた臨也と静雄の名前が書かれていた。

「うわ、全問正解本当にやっちゃった!最終コーナーで絶対つっかえると思ってたのに」
「……否……可……」

舞流はその一言に納得したようで、深く頷いた。

「まぁ面白かったよ、高校生の作った問題にしては」
「じゃ、宣伝頑張れよ」








 静雄と臨也は三年二組の前に戻ってきた。道中フリーマーケットや実験ショーなどの軽い出し物を何件か見て回り、ここへと着いた。もうすぐ静雄は仕事の時間だった。

「じゃ、静雄君。仕事がんばってね」
「……なぁ」

そう言って臨也は帰ろうとしたが、静雄に止められた。

「お願いって、何だよ?」

そう静雄が切りだすと、臨也は忘れていたのか、「あぁ」といった。しかしお願いの内容自体は覚えていたようで、静雄に振り返って言った。

「今度から『臨也』って呼んで。敬称もいらないから。これがお願い。変じゃないだろう?」
「……臨也」

静雄はそのままおうむ返しのように名前を言った。すると臨也は満足したのか目を細めた。

「明日の午後にまた」
「あぁ」

臨也は軽く手を振り、今度は振り返ることなくそのまま背を向けて歩いて行った。
 その背が角を曲がり見えなくなるまで静雄はその場に立ち続け、そして小さく呟いた。

「いざや……」